ドラッカー「経営者の条件」・・・意思決定のための必要条件

必要条件を明確にする
「成果のあがる意思決定」を行うためには、そうなるための「必要条件を明確にする」ことが不可欠となる。
そう言いながら「必要条件」とは分かったようでいてその理解が多様になりやすい。これをライターの佐藤正信氏が書いている「自動車がはしるための必要条件」がわかりやすいので引用していきます。
「 「必要条件」と「十分条件」については、こう考えてみるのが分かりやすい。
「自動車を走らせるにはガソリンを入れておく必要がある」
「ガソリンを入れておくこと」は「自動車を走らせること」の必要条件だ。
しかし、ガソリンを入れただけでは自動車は走らない。ほかにも「ドライバーが免許証を持っている」といった必要条件もある。こうした必要条件をいくつか集めると自動車を走らせるのに十分な条件になる。必要条件が一定数集まると十分条件になる。」
このことからわかるように「必要条件」は比較的「ゆるい」範囲でのポイントの列挙だと言える。
このことをイメージしながらドラッカーが言っている経営の意思決定について考えてほしいと思います。
ドラッカーは、こういっています。
「意思決定においては、決定の目的は何か、達成すべき目標は何か、満足させるべき必要条件は何かを明らかにしなければならない。」
「必要条件を簡潔かつ明確にするほど決定による成果はあがり、達成しようとするものを達成する可能性が高まる。逆に、いかに優れた決定にみえようとも、必要条件の理解に不備があれば成果をあげられない」
しかし、そうは言っても「必要条件の明確化」は、たやすいものでない。
「必要条件は事実に基づいて行われるのではない。それは事実の解釈に基づいて行われる。」
からである。
さらに「必要条件の明確化」のなかには、
「一度行った決定をいつ放棄するかも明確にしておくことが必要である。」
つまり、入り口と出口をあらかじめ明確にしておく必要があるということである。
必要条件の例
ドラッカーは、歴史上の出来事で、ふたつの「必要条件が混乱していた例」と「必要条件を明確にしていたため新しい混乱に対応できた例」を紹介しています。
先ず、混乱していた例
第一次世界大戦でドイツ軍が犯した失敗です。
世に有名なシュリーフェン計画を実行するとき、必要条件のつめの甘さ、またその計画を継承した後輩の本質の無理解などにより、フランスとロシアに対して敗北をした例です。これは、ドイツ軍がフランスをあまりに短期間で征服できるという前提で計画をつくり、そしてロシア軍の進行が極度に遅いという前提から計画を作ってしまったという必要条件の列挙が不備というより眼中にない例で、その欠陥だらけの計画が現実に適応できないままその計画をそのまま推し進め、敗戦を招いた例です。
(何やら第2次世界大戦時の日本軍部の戦い方を連想させます)
もうひとつは、アメリカのフランクリン・ローズベルト大統領が選挙中に公約した経済政策を当選後の世界の経済変動によって、放棄し、あたらしい経済政策を掲げ、あたらしい必要条件をとりいれ時代の変化に対応し実行した例です。
成果をあげるためには既定の政策を放棄しなければならないことがあるということを知っていた真の意思決定者の例です。
意思決定から行動へ
誰もが、自分の所属する組織のなかで何時間、何日と議論を重ねたすえに、やっとでた結論が、実行が伴わないで苦々しい思いをしたことがあると思います。
こんな場合、会社の中堅社員たちは「うちの会社は、口だけ・・・」と嘆きます。
この有様に対してドラッカーは
「決定の実行が具体的な手順として誰か特定の人の仕事と責任になるまでは、いかなる決定も行われていないに等しい。それまでは意図(願望)があるだけである。」
「これこそ、企業の経営方針の決定によく見られる状況である。すなわち、経営方針の多くには行動のための措置が何も盛り込まれていない。その実行が誰の仕事にも誰の責任にもなっていない。そのためそれらの経営方針は、トップがまったく行う気のないお題目と見られている。」
つまり、意思決定とは「必要条件を明確」にし、「行動のための措置」まで盛り込まれていて、はじめてエグゼクテイブ(経営幹部)が意思決定を行ったと言えるのです。
次に、「行動」には重要なポイントがあります。ドラッカーは、それを次のように列挙しています。
「決定を行動に移すには、
「誰がこの意思決定を知らなければならないか」
「いかなる行動が必要か」
「誰が行動をとるか」
「その行動はいかなるものであるべきか」
を問う必要がある。
特に最初と最後の問いが忘れられることが多い。
そのためひどい結果を招くことがある。」
と言っています。
そして、「行動をとるべき人たちの能力に合ったものでならなければならない。」と現実を見据えた、組織スタッフの能力レベルにあった行動の仕方でなければならないと注意をしています。
意思決定のサイクルに必要なフィードバック
そして最後に、先ず、「決定の基礎となった仮定を現実に照らして継続的に検証していくために、決定そのものの中にフィードバックを講じておかなければならない。」
とドラッカーは「フィードバック」を位置づけています。
「決定を行うのは人である。人は間違いを犯す。最善を尽くしたとしても必ずしも最高の決定を行えるわけではない。最善の決定といえども間違っている可能性はある。そのうえ大きな成果をあげた決定もやがては陳腐化する。」
この具体的な例としてアメリカ軍のアイゼンハワー元帥が大統領になってから
「軍がはるか昔から、命令なるものはそのまま実行されないことを知っており、実行を確認するためのフィードバックを組織化してきている。軍では決定を行った者が自分で出かけて確かめることが唯一の信頼できるフィードバックであることを知っている。」
「過去の大統領たちが手に入れられる唯一の情報たる報告書はまったく助けにならない。」
「これに対し、あらゆる国の軍が、命令を出した将校が自ら出かけ、確かめなければならないことを知っている。少なくとも副官を派遣する。」
「自ら出かけ確かめることは、決定の前提となっていたものが有効か、それとも陳腐化しており決定そのものを再検討する必要があるかどうかを知るための、唯一ではなくとも最善の方法である。」
「われわれは意思決定の前提というものが、遅かれ早かれ必ず陳腐化することを知らなければならない。現実は長い間変化しないでいられるものではない。」
くれぐれも「意思決定」とは決定するだけ、発表するだけの行為ではないということわかって欲しい。

