ドラッカー:山師的な企業シアーズ・ローバックの変革の要因
こんにちは。
今日は、経営学の神様といわれるドラッカーが著書の中で
何度も紹介しているアメリカの小売業、「シアーズ・ローバック」社の話を紹介したいと思います。
この会社は、マネジメントの優劣で零細企業がどのように大きく変革できたかの具体例として
取り上げられている企業です。

ドラッカーは、「シアーズ・ローバック」(のちのシアーズ)について
「事業とは何か。事業のマネジメントとは何かを知るうえで「シアーズ・ローバック」社に勝るものはない。」
とこの企業の変革を賞賛しています。
この会社は、1886年、ミネソタ州で駅員をしていたユダヤ系のリチャード・ウォーレン・シアーズが通信販売企業として創業し、それから7年後に時計商アルヴァ・C・ローバックが加わり1893年イリノイ州シカゴに「シアーズ・ローバック」社として設立しました。
創業期のシアーズは、吹けば飛ぶような零細な通信販売会社でした。
共同経営者の二人とも、勘を頼りに、一攫千金を夢見、脈絡もなく安い商品を仕入れ、それを誇大広告で売りさばくという山師のようなビジネスをしていました。
創業から何年間も、経営方針は一定せず、たまたま仕入れた商品が運よく、飛ぶように売れるときもあれば、空振りして在庫の山に泣くこともありました。
当時のアメリカの経済は農業が中心で、広大な国土に多くの農民が生活していました。彼らは、既存の流通チャネルに属さない孤立した市場でした。
農民一人ひとりの素朴で誠実、勤勉でしたが購買力は、小さく、現金は作物の収穫期だけでした。このように都市の消費者とは異なるニーズや生活サイクルをもつ独自の市場でもありました。全体としては、いまだ手付かずの膨大な購買力をもった市場でした。
この市場に目を付けシアーズ・ローバックを近代企業に育てたのは、1895年にジュリアス・ローゼンワルドという新しい「人材」=「経営者」の力でした。
ジュリアス・ローゼンワルドは1895年に「シアーズ・ローバック」の経営権を握り、いかにしてこの会社をを成長させるか考え、アメリカの農民市場に着目しました。アメリカの農民市場は、前述したように未開拓で、危険性もありましたが可能性も秘めていました。
リスク半分、当たりくじ半分のまだ誰も手掛けていない未知の世界でした。
彼は、果敢にこの市場に攻め入っていきました。結果として、そこで得たのは、先行者利益の際たる恩恵でした。
この時期が、シアーズ・ローバックの第1期、成長期となりました。
この時の成功要因は、「顧客にとっての価値は何か」という問いかけと分析から生まれたものでした。そして顧客が不安や障害と思っていることを解消するための社外社内にわたるビジネススキームを作り上たことです。
当時のアメリカの農民市場を、整理すると以下のようになります。
(1)まだ自動車が普及していなかったため地理的に孤立していた。
➡通信販売を提供。
(2)農民のニーズと欲求にあった商品が不足していた。安い価格で安定的に大量に供給して欲しいと
いうニーズがあった。
➡多品種製品の仕入からメーカーの育成と商品開発。
(3)農民は信頼できる売り手を欲していた。
➡「満足保証。委細かまわず返金」という保証制度創設。
(4)地理的に孤立している農民は購入前に商品を詳細に確認したり、調べることができなかった。
➡定期刊行の詳細な商品カタログ。
(5)商品を間違えずに配送して欲しい
➡発送工場。
次に、社内的には、
(6)社内に生産的な人間組織を作り上げ
(7)さらには、中堅マネジメント階層に権限を与える一方業績に対する全責任を課しました。
(8)利益がでればそのなかから全従業員に自社株を与えたりもしました。
こうやって、シアーズ・ローバックはジュリアス・ローゼンワルドが経営権を握って10年間で彼の手によってアメリカの近代企業に変革していきました。
このように「顧客にとっての価値は何か」を考え、それを提供し、自社の組織体制を顧客が欲するものに沿うように変えるだけで、山師のような場当たり的な企業が、ついにはアメリカ社会で唯一無二の存在に変革・成長したという事例がここにあります。
企業は、マネジメントの考えややり方が変わるだけでこのように変革できるという実例の紹介でした。
外国の話で、実感がわかないかもしれませんが、実は、日本にも、これとにたように「顧客にとっての価値は何か」を考え、それを提供して成長をなしとげた企業はたくさんあります。
