コラム「社長の試練」2:ep1:幸せを手に入れる前に家庭が崩壊していく(驕【おごり】)
2005年の夏、山田孝雄(仮名)は、28歳になり、それまで勤めていた千葉県船橋市の不動産会社を退職して、不動産会社を起こした。結婚して2年が過ぎていた。彼は、幼い頃に両親が離婚し、再婚した父親の意向で小学から高校まで、年の離れた姉と二人で寂しいアパートで育った。姉は年頃になるにつれて、男友達と泊まり歩き、アパートを留守にすることが多かった。
再婚した父親は、生活費だけは仕送りをしてくれていたが、山田孝雄が高校生になる頃、経営していた運送会社が危機にひんし、子供への仕送りが途絶えがちになった。そのため山田は、さまざまなアルバイトをしなければならなかった。生活のために新聞配達は言うに及ばず、ファーストフード店や居酒屋でアルバイトをした。貧しさは見たくもない自分の弱さや人間としての誇りをズタズタにした。人見知りが激しく内気だった彼はいつのまにか自分を守るため、弁舌と人懐っこさと機転を身につけた。地域の不良グループでトップの取り巻きとして参謀役兼お笑い役として重宝された。
結局、高校を中退して就職した彼は、社会人になってから、この弁舌と人懐っこさでどんな会社に入社しても、半年もすると営業成績上位グループに入り、経営幹部から可愛がられるようになった。彼は2つの建設会社、3つの不動産会社を転々とし、宅建取引士の資格をとった。不動産取引で高額の報酬が会社へ入るたびに、
「もし自分の会社なら、この金すべてが自分のものになるのに」
と考えていた。そうすれば、幼少期の貧しさで身についた屈折した妬みや反抗心から開放され、「幸せ」手に入れられると、思い込んでいた。
28歳のとき、当時付き合っていた、現在の妻から100万円を借りて、不動産会社を起こした。独立、当初は、彼も人並みに苦労した。しかし半年もすると、他の不動産会社が嫌がる崖地を安く仕入れ、独特の手法で開発して、利益を得ることに成功した。
長野生まれの妻は、夫が子育ての苦労や成長する姿をともにしてほしいと望んでいたが、彼の生活は、24時間、年中無休、まさに仕事一色だった。
金さえ稼げば、幼い頃、自分を歯牙にもかけなかった学友や親戚縁者、父や姉から一気に賞賛を得ることができると考えていた。
高価な外車を乗りますだけで、ビジネス仲間は彼をチヤホヤしてくれるし、妻や子供にも好きなものを買ったり、広い家に住わせることができる。それが自分の幸せを盤石のものにしてくれると考えていた。
ある朝、いつもは夫のためにアイロンの入ったきれいなワイシャツと食事を準備しているはずの妻が、何の準備もしていなかった。妻は、慌てて起きてくると、
「亜沙美(娘)の看病で一睡もできなくて、準備できてないわ」と妻。
「・・・・・」彼は不機嫌に黙り込んだ。
仕事の延長で、彼は自分の置かれている役割を果たさないものは、怠け者で軽蔑に値した。山田は、黙り込んだまま自分でワイシャツのアイロンをかけ、スーツに着替えた。
「亜沙美が、昨日から熱をだして、顔に吹き出物がでているの、どうしようかしら」と妻。
「俺は、医者じゃないからな、わかるわけがないだろう」と彼は低い声で言った。
妻はしばらく沈黙したあと
「駅前の吉村病院へ、お父さんの車で送ってくれない?」と妻。
「だめだよ。朝の打ち合わせに間に合わなくなるだろう。タクシーを呼べばいいだろう?」
と言った。
子供の病気に、関心を示さない夫に妻は、暗い気持ちになったが、それ以上言うと夫が癇癪を起こすのが目に見えていたので黙り込んだ。
その後も1年、2年と夫は、仕事優先で朝早く家をでて、深夜や朝方に酔っ払って帰ってくる生活を続けた。ときには夫の背広に女性の香水の匂いが残っていることもあったが、妻は黙っていた。
妻にとって子供と二人っきりの生活は、社会から断罪された、まるで牢獄にいるように感じられた。
それからさらに2、3年のうちに住まいはマンションから狭い戸建てへ、そして半年もしないうちに庭の大きな広い家へ変わっていった。事業は順調に拡大し、グループ会社を含めて、年商10億円を達成するようになっていった。
しかし、妻は少しも嬉しくなかった。夫は、事業が発展するにつれて、すべての会話が断定的で命令口調になっていった。
しだいに妻は、いろんな理由をつけて、長野の実家に帰ることが多くなった。最初は、せいぜい2泊3泊ぐらいだったものが、しだいに1ヶ月も帰らないことも珍しくなくなっていった。そして、ついに山田に向かって、押印した離婚届けを郵送してきた。
その年、山田は、大儲けができると思い、相続の納税資金に困った農家から崖地を含んだ広い土地を仕入、大規模な住宅開発をはじめたが、工事が遅れ、銀行のプロジェクト資金の返済に窮してしまった。6ヶ月で返済する予定が計画通りに返せなかったのだ。彼は創業以来、応援してくれたA銀行の担当者に電話一本で、
「返済を少し伸ばしてくれ」、
と頼めば、乗り越えられると考えていたが、月末の返済日に下請け業者との打ち合わせに気を取られ、うっかりその電話をしないまま1日が過ぎてしまった。電話をしないまま1週間、なにごともなく過ぎたが10日後にメイン口座にあった資金が一気にゼロになっていた。
約定違反で、銀行から差し押さえられてしまったのだ。
なぜ、あんなにも一生懸命に働いていて、妻から、離婚を言い出され、会社は倒産同然になってしまったのか?
それは、「驕り」の為せる技だった。人は、金や地位や名誉を手に入れてそれを誇示しても、相手はその人に魅力を感じないものなのだ。家庭は、日々のできごとを分かち合い、共感しあうための場所なのだ。そうやってはじめて、家族は明日への活力を得られるのだ。
それらが不足している家庭は自然と崩壊していくものなのだ。
テニソンの詩
「人は絆のなかに生き、
多くを失い、多くを得る」

