ドラッカー「経営者の条件」・・意思決定(問題の種類を知る)
「1.問題の種類を知る」
問題の種類を知らないで正しい意思決定はできない、つまり入り口と出口の関係です。
問題は「一般的な問題か例外的な問題か、何度も起こることか個別に対処すべき特殊なことか」を識別しなければならない。
そして、その問題の種類によって解決方法も違う。
基本的な問題は、原則と手順を通じて解決しなければならない
これに対して
例外的な問題は、状況に従い個別の問題として解決しなければならない。」
あらゆる問題の帰結はこの2つのうちのどちらかですが、あらわれてくる現象は次の4つの種類に分類できます。
「第1.基本的な問題の兆候に過ぎない問題がある。」
仕事の中で起こってくる問題のほとんどがこの種のものである。
在庫の問題、生産活動の問題、修理費用の経費アップ
などがそうである。この場合、全体に手をつけないかぎり、いつまでも問題は解決しない。
たとえば、生産設備の不具合から生ずる、生産計画の未達成、修理費用の経費アップなどは根本の生産機器の性能や強度を強化しないかぎり、解決しない。
「第2.当事者にとっては例外的だが実際には基本的、一般的な問題がある。」
合併の話をはじめて受けた企業は、その話ははじめての問題で特殊な響きをもっているが、しかし、合併は常にどこかで起こっている基本的、一般的な問題である。
この問題の判断基準は他の組織の事例や経験に学べば解決する。
「第3.真に例外的で特殊な問題がある。」
この種の問題は極めて少ない。
それらしきものに出合っても
「真に例外的なことか、
それともまだわからない何か新しいことの最初の表れか」
問わなければならない。
「第4.まだわからない何か新しいことの最初の表れとして、その新しい種類の基本的、一般的な問題の最初の表れとしての問題がある。」
これは時代の変化、技術の進化、法律の改正などによって起こってくるが2度、3度と繰り返されるうちに、しまいには誰も驚かない、問題として扱われる。
問題の「あらゆるケースが
基本の理解に基づく解決策を必要とする。原則、方針、基本による解決を必要とする。
一度正しい基本を得るならば、同じ状況から発する問題はすべて実務的に処理できる。
問題の具体的な状況に応じて原則を適用できる。」
「圧倒的に多く見られる間違いは一般的な問題を例外的な問題の連続として見ることである。一般的な問題としての理解を欠き解決についての基本を欠くために、その場しのぎで処理する。結果は失敗と不毛である。」
具体的な事例について話。
ドラッカーはアメリカのベル社(AT&T社)のヴェイルとGM社のスローンの意思決定の特徴を次のように述べています。
意思決定の特徴
- 1.問題の多くは原則についての決定を通してのみ解決できることを認識していた。
- 2.問題への答えが満たすべき必要条件を明確にした。
- 3.決定を受け入れられやすくするための妥協を考慮する前に、正しい答えすなわち必要条件を満足させる答えを検討した。
- 4.決定に基づく「行動」を決定そのものの中に組み込んでいた。
- 5.決定の適切さを検証するためにフィードバックを行った。
[char no="4" char="大曲さん"]問題の種類を知ることは医者の診察にたとえると
患者が訴える
症状→血液検査→レントゲン検査→問診を経て
病名を判定することに似ています。[/char]
医者は病名を正確に判定できなければ、その患者にあった治療ができません。また、この判定を誤って治療をするとヤブ医者の烙印をおされ、来院する患者は激減していきます。
それと同じように、エグゼクティブ(経営幹部)は「問題の種類」の正しい判別ができなければ正しい「意思決定」はできません。これも医者の例と同じように、誤った意思決定を行えば、組織に混乱と失望と離脱をまねきます。
しかし、幸いなことに企業に表れてくる問題はドラッカーの言葉をかりれば、2種類しかありません。
「基本的、一般的な問題」と
「特殊な、例外的な問題」の2種類だけです。この2種類のなかでも圧倒的な比率で基本的な、一般的な問題が多いといえます。ただ表面にでてくる出方が3つの表情ででてくるというだけです。
これを間違うと意思決定を誤ることになります。
ドラッカーはこの観点から問題を次のように見ることをすすめています。
「常に、問題は一般的であるという前提に立たなければならない。注意を引く問題は、実際は症状の一つに過ぎないと考えなければならない。そして本当の問題を探さなければならない。症状だけの手当てで満足してはならない。」
「万一問題が特殊なものであることが明らかになった場合でさえ、それが新しい基本的な問題の前触れではないか、そしてその特殊に見える問題もやがては一般的な問題の一号になるのではないか疑わなければならない。」
そして、何故、対症療法的な意思決定が好ましくないか。

「臨時のものは生き延びる。それが政治および社会における厳粛な事実である。」
「イギリスの酒場の営業時間規制、フランスの家賃統制・・・・・」
日本にも一時的、臨時的に決まった法律や制度が何十年も続いているものは山ほどあります。わかりやすいものは政治のレベルの例ですが企業レベルでは、この世の七不思議のような慣習や規則が何十年も続いていたりします。
このため、ドラッカーはエグゼテイブが問題に対処するためのポイントとして次のようなことを言っています。
「成果をあげるエグゼクティブは、この厳粛な事実(臨時のものは生き延びる)を知っている。もちろん即席の措置をとるべきこともあろう。しかし、そのような措置をとるときには「もし、仮に、これが長期のもであってもそうするか」と自ら問わなければならない。もし、答えが「ノー」ならば、より一般的、より概念的、より包括的な問題解決、すなわち正しい原則を定めるべくさらに努力しなければならない。」
「成果をあげるエグゼテイブは、多くの意思決定を行わない。」
「成果をあげるエグゼテイブは、原則や方針によって一般的な状況を解決していく。そのため彼は、ほとんどの問題を単なるケースの一つとして、すなわち単なる原則の適用の問題としていくことができる。」
「「法律の多い国は無能な法律国家である。」」
「多くの意思決定を行うエグゼテイブは怠慢で成果をあげられないエグゼテイブである。」
ここまで読みすすんでくるとエグゼテイブが「問題の種類」を知って、どのように対処すべきかがわかってくると思います。
当たり前のことですが、「問題の種類」を知り、その「問題に対する対処の心構え」を知ったとしても、「成果のあがる意思決定」は約束されていません。
「成果のあがる意思決定」を行うためには、そうなるための「必要条件を明確にする」ことが不可欠となります。
「必要条件を明確にする]次回へつづく

