ドラッカー「経営者の条件」・・人の強みを生かす人事政策
経営者になれば必ず頭を悩ます問題が3つあります。それは「売上」、「人事」、「資金」の3つの領域です。今日は、このうちの「人事」について考察していきます。
ドラッカーは「経営者の条件」の第4章で、最初に「人事」のポイントをアメリカ南北戦争を例にとってリンカーンが戦争に勝った要因として「人事政策」を転換したことにあると着眼して歴史を振り返っています。
リンカーンの人事政策の転換
当初、リンカーンは「強み」よりも人間的に「弱みの少ない」人物を最高司令官に任命して戦争を行っていました。いわば人格円満、清廉潔白、弁舌がたつだけの人物を最高司令官に据えていました。
その結果、南軍よりも物量、兵力で勝っていた北軍は敗戦続きで戦況の悪化していました。
3年の敗戦の経験からリンカーンは「弱みの少ない」だけの最高司令官より「強み」を持ち「弱みのある」将軍を最高司令官に任命しました。
周囲からその最高司令官の酒好きの私生活を非難する声が耳に届いたりしましたがリンカーンはそういった私生活上の弱みは聞き流しました。
たとえ生活態度に「弱み」があろうと仕事上の「強み」、この場合は、「戦上手」である将軍を登用しました。その後、やっと北軍は戦いに勝てるようになりました。
リンカーンが求めていたことは戦争に勝つという「成果」でした。
つまり成果に貢献できる「強み」を持った人物ならたとえアル中でも女好きでも博打好きでも弱みは二の次にしました。但し仕事にその弱みが悪影響を及ぼさないという前提であったことは勿論のことです。
この事例は組織における「人事政策」のあり方について思慮に満ちた問いかけをしています。
組織は存続していくために常に「成果」が必要
組織は存続していくために常に「成果」を求められています。この「成果」の連続だけが組織を維持し、発展させていくエネルギーになるからです。こういった特質を持った組織の仕組みは、単に人格円満、清廉潔白という「強み」だけで重要な役職を担っていくのは何の価値もないということです。たとえ、酒好きでも女好きでも博打好きでも、スタンドプレーに走りやすくても、感情的になりやすくても「強み」をもち、組織のために「貢献」し、「成果」を出せる人物なら組織は大事にしていかなければならないということです。
昔、中国の国家主席であった登小平も同じようなことを言っています。
「白い猫でも黒い猫でも鼠を取る猫はいい猫だ」と。
裏を返せば「鼠を取らない猫はたとえ白い猫でも悪い猫だ」という意味です。
これをリンカーンの事例にあてはめるなら「成果を出さない将軍は悪い将軍だ、たとえ清廉潔白で人格円満でも」、ということになります。
私もサラリーマン生活のなかで性格の悪い上司の下で何度か仕事をしたことがあります。そのたびにこんな自分勝手な子供っぽい奴が部長なんだ!、取締役なんだ!と会社の人事政策を恨んだりしたことがありました。
今、思えば当時のトップは組織に対する「成果」の順位で役職を決めていたに過ぎなかったと理解できます。当時は同僚や後輩と居酒屋に繰り出してキズを舐めあうだけでした。
そのときに自分自身を高めようとしたり、嫌いな上司より「成果」を出すために何かをしようとは思わなかったものです。(恥ずかしい限りです)
着眼点は「成果」と「実績」
いずれにしても、組織の人事で大切なことは誰が組織に「貢献」し、「成果」を出してきたか、ということを基準にするということです。決して「あいつは皆から好かれているから」、「将来性があるから」などといった情緒的な蜃気楼のような基準で人事を行わってはならないということです。
どのスタッフがどんな「強み」を持っているのか、その「強み」は今の場所で活用されているのか、またこれまでどんな「実績」を残してきたのかをしっかり見極めなければなりません。
ドラッカーのたとえ話
ドラッカーはさらに「組織の役割は一人ひとりの強みを共同事業のための建築用ブロックとして使うところにある」
と言って
「人の強みを生かす」ことがいかに組織を運営する上で大切であるかという話をいくつか紹介しています。
アメリカの鉄鋼王アンドリュー.カーネギの墓碑銘
「おのれよりも優れた者に働いてもらう方法を知る男、ここに眠る」
という事例もそのひとつです。
つまり、どんなに有能な経営者でも組織を成長させていくためにはチームが必要となり、チームの力を結集して内外の問題を解決して組織を成長軌道にのせていきます。
カーネギは自らこれを実践して「鉄鋼王」と呼ばれるほどの結果を残してきたために自分の組織運営のコツを若い世代への警鐘としてこういった墓碑銘を残したのだと思います。
「大きな強みを持つものはほとんど常に大きな弱みを持つ」
「山あるところには谷がある」
「あらゆる分野で強みを持つ人はいない」
ドラッカーは更に
『人に成果をあげさせるには「自分とうまくいっているか」を考えてはならない。
「いかなる貢献ができるか」を問わなければならない。
「何が出来ないか」を考えてもならない。
「何を非常によくできるか」を考えなければならない。
特に人事では一つの重要な分野における卓越性を求めなければならない。』
『 真に厳しい上司、すなわち一流の人を作る上司は、部下がよくできるはずのことから考え、次にその部下が本当にそれを行うことを要求する。』
『「弱み」を意識して人事を行うことは、組織本来の機能に背く。
組織とは、「強み」を成果に結びつけつつ、弱みを中和し無害化するための道具である。』
『われわれは「手だけを雇うことはできない。手ともに人がついてくる」』
これらの指摘のなかに共通しているのは
完全無欠な人間は存在せず、人間の能力を最大限に引き出すためには「強み」を活用することが最良の方法であるということです。
人の弱みを知らないでよいというわけではない
ただし、人の弱みを知らないでよいというわけでありません。対人能力が欠如している者は対人能力がいらない部署で活躍してもらうことを考えなければならないし、もし、そういった部署が自らの組織にない場合、またはあっても本人がその部署を希望しない場合は「残念な」結論(退職勧奨)を下さなければなりません。
しかし、仮にスタッフの「強みを生かす」ことが大切だとわかっていても現実には多くの組織でこれを実行できないでいます。
これは仕事と人間のたち位置、仕事の割り振り、仕事の役割分担、などに原因があります。
あるポジションに欠員が出た場合、何を優先して人事異動でをするかというとそのポジションを無難にこなせるかという視点です。ここには「人の強みを生かす」といった理念など入り込む隙もないほどの非属人的な「歯車としての人事異動」があります。
理念はわかるが現実は、人材がいない!という中小・小規模事業者トップの悲鳴です。
このことの続きは次回に触れます。
