平和ボケからの脱出!(感染症の歴史は繰り返す)
歴史は繰り返す
私たちは、運よく、昭和、平成、令和と平和な時代を生きてきましたが、振返ってみれば、景気は常に循環しており、好景気はおおむね2~3年ぐらい、あとは停滞の5~6年と本当の意味での不景気が3~4年つづくことの繰り返しでした。
また、医療・科学が進歩し、昔のペストや天然痘、スペイン風邪といった「感染症」が私たち人類を苦しめてきたことは頭では知っていても、もう昔のような「感染症が蔓延する」時代とは無縁なものだと思い込んできました。
火山爆発や地震、津波、台風といった大きな自然災害に関しても、それが地球のどこかを襲っていることは知っていましたが、そういった不幸は、絶対に自分の住んでいる町には襲ってこないと思い込んでいました。

歴史は繰り返し、人類は、それを乗り越えて進化してきました。
第2次世界大戦後、廃墟のなかから日本人の先輩たちが必死にがんばってきたおかげで、いつのまにか経済的に豊かになり、現代日本人は、その豊かで平和な時代が未来永劫続くような「平和ボケ」に陥ってきました。気が付いてみると国の活力を表わすGDPは世界2位から下落し、昔、見下していた中国の後塵を拝すようになっていました。国民一人当たり生産性指標にいたっては、世界30位近くまでさがっています。これも一種の「平和ボケ」のなせるわざだと思います。
それでも、外国人が日本を訪れて、TV等で日本の衛生観念が立派だとほめると、自分のことのように有頂天になっていますが、この日本の衛生観念は日本の「疫病の歴史」から蓄積された自己防衛の結果でしかありません。
日本という国土は、何も手を打たなければ疫病が蔓延しやすい高温多湿、台風、地震、人口密集の国です。こういった場所は、疫病にとっては、蔓延しやすい条件を満たしていると言わざるをえません。
「手洗い」、「すすぎ」、「土足厳禁」の住宅、「風呂の習慣」、「マスクの習慣」
神社仏閣での「手洗い」、「すすぎ」、住宅での「土足厳禁」、「風呂の習慣」、「マスクの習慣」。神社仏閣では、たしかに宗教的な礼拝の意味もあるとともに、「疫病」蔓延の風土から自然発生的に生まれてきた習慣であることは疑いようもありません。
日本の疫病の歴史
日本で最初に疫病のことが書かれたのは日本最古の『日本書紀』に、崇神(すじん)天皇、即位5年に「疾疫が流行し人口の半数が失われた」という記述があり、それを祭祀で治めようとしたとあります。
それから時代が経過し、奈良時代には60回あまりの疫病(天然痘)が蔓延し、聖武天皇が東大寺を建立し、疫病を治めようとしたといわれています。この頃の疫病は大陸からの仏教伝来とともに大陸人が持ち込んだといわれています。(今でも、同じです)
この頃にはじまった祇園祭などの祭りも疫神や死者の怨霊などを鎮めなだめるための、いわゆる疫病退散・鎮魂のための祭りといわれています。
平安時代に入ると、今度は麻疹(はしか)が国中に蔓延し、国家事業として薬師寺を建立したり、たくさんの神社仏閣で疫病退散の加持祈祷を行ったといわれています。鎌倉時代から戦国時代にかけても疫病が周期的に蔓延し、何万、何十万にも死者がでて、神社仏閣へ疫病退散を願って加持祈祷を行ってきました。
江戸時代の265年間には、13回もの麻疹大流行し、1862年に記された記録では1年間の死者は24万人、江戸期を通しての被害は優に300万人を超えるだろうと類推されています。
さらに江戸時代の終わりから明治時代初期には、コレラが外国人の来訪とともに広がり、死者10万、致死率が60%、この病気にかかるとコロリと死ぬことから「コロリ」と命名され、、日本中を恐怖のどん底に陥れました。
大正時代には「スペイン風邪」が大流行し、このときに感染所拡大防止に「マスク」が有効だといわれ、その後、日本に定着しました。
<欧米の感染症の歴史>
一方、欧米諸外国では、すでに古代エジプトのミイラから天然痘に感染した痕が確認されています。
中世ヨーロッパではペストが大流行し、世界中で5億人以上の者が感染し、死亡者数が2,000万人とも 4,000万人ともいわれています。その反省を踏まえて、欧米では、下水道の整備やハイヒールや食生活が衛生に配慮した都市づくり・生活に変化したといわれています。
また、コロンブスのアメリカ大陸発見後、僅か180人前後のスペイン人たちが何故、インカ帝国を滅ぼすことができたのか?
それは、スペイン人がインカ帝国に天然痘を持ち込み(スペイン人は免疫が備わっていた)、インカ帝国人口の60パーセントから94パーセントを死に至らしめ、人口の大幅な減少を引き起こしたからだといわれています。つまり、それまで経験したことのない感染症がある地域に広がると、人間はまったく弱いものであるという一例です。
「ウイルス」は「生き物」
「ウイルス」は言うまでもなく「生き物」です。彼らは、自分たちが生き延びるために絶えず環境に適応しようと「変異」を繰り返しています。人間が、これを撲滅させようとワクチンを開発しても絶滅させることはできません。ウイルスが「変異」するため、人類が忘れた頃に、新たな「感染症」がわたしたちに災厄をもたらしてきたのが地球の歴史です。
私たちには、それに向けた「覚悟」と「備え」が必要です。
幸いなことに、今回のコロナ禍で欧米各国と比べて日本は、「死者数」が少なく、国全体としては、この疫病に勝利したといえると思います
それは取りも直さず、日本人が蓄積してきた
「マスク」
「手洗い」
「土足厳禁の住生活」
「風呂の習慣」
「大声を嫌う国民性」
「規律を守る国民性」
「日本の高度な医療水準」
「皆保険制度」
が、コロナ禍による「死者数」を最小限に抑えたと思います。そういう意味では日本人が長い感染症との戦いで蓄積してきた文化・生活習慣に感謝したいと思います。
万が一のサバイバルに対する備え
1.感染症に対して
これは、言わずもがな。
(1)手洗い
(2)マスク
(3)3密(密閉、密集、密接)防止
の徹底です。今回のコロナ禍で上記の予防行動が浸透し、あのインフルエンザ罹患者が例年より、少なくなっています。このままいけば今年の冬は、インフルエンザが極端に減少するかもしれません。
2.会社経営
そうは言っても、経済活動はわたしたちが生きていく基盤です。「大変」ということは『「大」きく、「変」わる』ことを促しているといわれています。そのためには、嵐が頭の上をただ通り過ぎるのを待つのではなく、
(1)テレワークの導入
(2)デジタル化の推進
(3)印鑑文化の廃止
(4)自社の強みの強化(お客様が必要としている商品・サービスの再構築・新設)
(5)資金繰りの見直し(十分な月初手元資金の確保)
などを真剣に受け止める必要があります。このなかでも特に(4)自社の強み強化(お客様が必要としている商品・サービスの再構築・新設)は、改めて取り組む必要があります。
今回、このコロナ禍の最中でもこのことが構築されている企業は、売上を伸ばしており、コロナ不況など別世界の話だと笑っています。
3.就業者(従業員)
どこかに雇われて生活をしている多くの就業者は、万が一のため失業時の対応策とすぐに職を獲得するために必要な特技や特徴を磨く必要があります。単純に「資格試験」に取り組めば良いという話ではありません。
(1)自分の強みの強化(従業員はコンビニやスーパーに並んでいる商品と同じ)
・他の会社でも通用するためには何を強化しなければならないのか自問と練達
(2)今の勤め先で第3者に自慢できる実績を上げる。
(3)万が一の事態へ対応できる知恵の確保
・失業時(失業給付の仕組み、社会保険切り替えの仕組み、独立行政法人労働者健康福祉機構の賃金立替制度など)
(4)家計の固定費の支払い形態の見直し
・住宅ローン、水道光熱費、通信費など
以上のことが最低限必要だと思います。

